損害保険会社の法務コンプライアンス部員だった私が、どうかと思っているのが示談交渉サービスのあり方です。保険会社の示談交渉は契約者へのサービスであることを、契約者は理解しておくべきだと思います。
示談交渉は弁護士の業務
保険会社が示談交渉を進めないことについて、他人事のように怒って、ネットに書いている人をときどき見かけます。
広告でずいぶんとていねいな示談交渉サービスを実施する保険会社の広告が目につくため、多くの人が誤解していますが、示談しなければならないのは、事故を起こした当事者本人です。
そしてその代理人を務められるのは、弁護士だけです。
保険会社も、本来は示談交渉を行う立場にはおりません。
もしも関係のない第三者が、示談交渉をしても良いということになれば、怖い人達を連れてきて交渉することも可能となります。
弁護士のまだ少ない時代、人手が足りず、怖い人たちが介入してくることも少なくなかった時代に生み出されたのが、保険会社の示談交渉サービスです。
例えば、隣の家の壁が突然崩れてきて、自分の家が壊れたとします。このとき、火災保険に入っているからと言って、保険会社が損害賠償請求の交渉をすべきだ、と思う人はいないと思います。交渉をお願いするなら、弁護士に、です。
学校で自分の子供がケガをしたときに、傷害保険に入っているからといって、保険会社が学校に対して示談交渉をすべきだ、と思う人もいないと思います。これも相談するなら、弁護士に、です。
ところが、自動車保険だけは、なぜか保険会社が示談交渉をすることが当然、のように思っている人が多いようなのです。
これは保険業界が、自動車保険の示談交渉サービスについて、契約者に対してしっかりと説明をしてこなかったために、起きていると思います。自業自得といえばそれまでなのですが、契約者も本来は弁護士の仕事である点をしっかりと認識すべきです。
当然ですが、保険代理店も示談交渉はできません。
保険会社は保険金を支払うことが仕事
保険会社は、事故などが発生したときに保険金を支払いますが、勝手にその内容を決められては困ります、しっかりとした根拠のある金額で決める必要があります。
事故の当事者同士で決めてしまうと、法外な金額になることもあり得ます。そのため、示談交渉サービスが存在しない時代には、保険会社から、支払いを拒否されるということもあったようです。
あくまでも当事者同士の話し合い
本来は当事者同士で話し合うべきですが、法律の知識のない人たちが言い争ってもなかなか話がまとまりません。そこで、被害者が、直接の相手ではなく、相手の保険会社に対して直接保険金を請求できるようにしました。
保険金は基本的に契約者の損害に対して支払うものですが、それを直接被害者に対して支払うことが出来るようにしました。これによって、保険会社も当事者ということになり、示談交渉を行っても良い、ということになりました。
しかし、基本的には当事者同士の争いごとです。保険会社は保険金を被害者から請求される場合にのみ、交渉に関わることが出来ます。
車両保険無しであれば自分で交渉するしかない
もめるのが、車両保険なしの自動車保険です。
保険料が安くなるからと言って、車両保険に入らないと、事故のときにどのようなことが起きるでしょう。
- 被害割合がなかなか決まらないため、示談交渉がもめる。
- 10対ゼロで相手が悪い時、直接相手方と示談しなければならない。
1のケースの場合、車両保険に入っていれば、被害割合がどのようになっても、基本的に出費はありません。ところが、車両保険に入っていなければ、その割合によって、自己負担が発生します。
車両保険に入らないお客さまですから、自己負担の金額の査定にはシビアでしょう。お互いが車両保険に入っていない場合には、交渉が泥沼化します。
保険会社が示談をまとめてくれないと怒ってみても、本来は当事者同士の問題なのです。当事者同士が妥当な内容で合意できれば、保険会社は迅速に保険金を支払います。
2のケースであれば、駐車中の車にぶつけられたときでも、車両保険に入っていれば、保険会社が保険金を契約者に対して支払う必要があるので、示談交渉ができます。しかし、車両保険に入っていなければ、自分の車の自動車保険の保険会社は全く関係のない第三者となります。その場合は、相手方と、その保険会社と、直接交渉しなければなりません。
相手が保険に入っていなければどうしますか?。逃げてしまったらどうしますか?。もう泣き寝入りするしかありません。車両保険に入っていれば、保険金を受け取ることができます。駐車場の当て逃げは、発生しやすい事案です。
「保険会社が示談交渉をしない」と、ネットに書き込むケースの契約内容がどのようなものかわかりませんが、もめているところを考えると、車両保険なしのケースが多いのではないかと思われます。
保険会社も最近は対応がドライです
「自己責任」ということが言われるようになって、保険会社側も、ドライに割り切るようになっています。
特に、外資系保険会社は法的に問題がないか、自社に落ち度がないか、という視点で判断して、問題がなければ、すっぱりと手を引きます。保険金を支払わない、ということもあります。しかし、これは保険約款上に書かれていることを、忠実に実行しているだけのことで、特に問題はない、との認識です。
国内保険会社も、以前であれば、ゆるく保険金の支払いなどを、融通していたようにも思いますが、昨今そのようなことも無いようです。外資、国内保険会社、それぞれとも、以前のような資金的余裕はありません。
保険会社としては、契約内容を忠実に実行するだけです。契約者が知らなかった、よく理解していなかった、と言っても、よほどの落ち度が保険会社にない限り、決められたとおりに実行されます。
保険料の安いものは安いなりに理由があります
実際のところ、自動車を運転する人全てに、保険に関わる法律について理解してもらう、ということは難しいと思います。
私も保険会社で働く以前は、そのような知識は持ち合わせていませんでした。
これはその人の頭の良さとは直接関係のないことで、単に保険の知識があるか無いか、という違いに過ぎません。
しかし、自己責任論で処理するようになってくると、それぞれの理解度が異なっていても、書面やウェブで合意したことになっていれば、契約者すべてに対して、一律に同じ内容が適用されていきます。
わからない人は保険に入れないということになれば、それも困ります。わかっていなくても、契約しなければ、損害賠償請求された時に、支払えないという、双方が困ったことになります。
自己防衛策と言っても、身近に詳しい人がいればその人に相談することが一番ですが、いなければ、自分で考えるしかありません。
知らないのであれば、安いからといって、それだけで安易に契約することは危険です。
金融庁の認可を得ている以上、安いものには、必ず安い理由があるものです。それがわからなかったとしても、わからないのに契約した人が悪いと判断されるのが、「自己責任」ということだと思います。
弁護士費用特約を忘れずに
最近は、車両保険無しで、弁護士費用特約をつける、ということが広まっているようです。
弁護士費用特約は、必ずつけておくべきと思いますが、弁護士に依頼するとなれば、時間がかかることは覚悟すべきでしょう。
保険会社の担当者の立場で考えれば、車両保険なしの契約で、事故のときにもめて、保険会社への苦情となってくるのであれば、車両保険なしのもめそうな契約については、弁護士にアウトソースできれば、ありがたい、ということになります。
ただ、その分契約者には、自身の手間と時間と、追加の費用が必要となります。特約も採算が合わなくなれば、弁護士費用特約の保険料が値上げされることでしょう。
私自身は、弁護士費用特約に加入しながらも、車両保険を必ずつけるのが良いと考えています。
保険会社が、交渉の場から逃げられないように工夫することが大事だと思うからです。
保険金支払い担当者の担当事案の中での優先順位も当然上がることになりますので、断然そうした方が良いと思います。