Just do it !

とりあえずやってみよう。考えるのはそのあとだ。


蜘蛛の糸

朝公園で立ち寄るトイレがある。用を足そうと思い便器に近づくと、何やら動くものがある。

蜘蛛だ。

ちなみに、私は男なので、立ってする用の便器だ。その便器の手前の崖を、蜘蛛が懸命によじ登ろうとしている。

蜘蛛の姿を認めて私は立ち止まって考えた。

今私がここで用を足すと、この蜘蛛は流されてしまう。かわいそうだ。

私は横に並ぶ隣の便器で用を足すことにした。

用が済み手を洗いトイレを出るところでまたとなりの便器が目に入った。中を覗いてみた。あと二センチのところまで這い上がっている。ほぼ垂直の崖、最後の二センチだ。糸を固定しながら登っているに違いない。私が覗くとぴたりと動きが止まった。警戒しているのがわかった。

足元の落ち葉が目に入った。便器の中に手を入れるのは嫌だが、大きな葉っぱを使えばこの蜘蛛を救い出すことができるだろうと私は思った。

固そうな大きな葉を一枚拾い、私は蜘蛛の下から上に押し上げようと持ち上げた。

すると思いがけず、蜘蛛は横に飛んで逃げた。と同時にあと二センチのところから十五センチ下まで落ちてしまった。

なんで逃げるんだよ。

私はがっくりした。その時、ガシャという音がして、水が勢いよく上から流れてきた。蜘蛛はそのまま下水管の中へ流された。

ほんの一瞬のことだった。

静かに身を固めて、葉ですくう動作をしている時は、反応しなかったセンサーが、蜘蛛が落ちて慌てた私が動いた時に、用を足し終わったと判断して、水が流れたのだ。ほんの数秒の間に全ては起きた。

朝一番にこのようなことがあり、私は一日中自分のしたことが正しかったのか考えてもやもやした。私が余計なことをしなければ、あの蜘蛛は無事にあの窮地を脱することが出来ていたかもしれない。でも、誰かが気付かずに用を足せば、同じように流されていたことだろう。でも、かなり上の方にいたから、水が当たることもなかったかもしれない。三日たったいまでも、まだ気は晴れない。

私は今まで何度か思いがけない人から助けられたことがある。一度や二度ではない。いつか恩返しをしなければと思いながら、その人たちに受けた恩を返せてはいない。

手を差し伸べる人も実に難しい判断が迫られる。助けることが本当に良いことなのか。助けることが、喜ばれることなのか。

私は上手くその思いを受け取ることが出来たこともあれば、上手く受け取れなかったこともある。上手くいかなくて、蜘蛛のように流れてしまったこともある。それでも私はこうして何とか生きている。

あの蜘蛛も、何とか下水管の中で無事生き延びていて欲しいと思う。だが、もし生き延びていたとしても、それで私のもやもやが晴れるわけでもない。手を差し伸べるということは実に難しい。