東海道五十三次 十五日目
四日市ー石楽師ー庄野ー亀山
歩行距離 三十キロ
一日の歩数 四万七千七百七十三歩
腰痛で歩けない
腰が痛い。寝返りも打てない。夜中に何度も目がさめる。一度トイレに行こうと思ったが、痛くて起き上がれない。こんな状態で歩けるのか。
即時対応として、荷物の削減。五百グラム近くある重いバッテリーとランニングタイツの予備の削減。腰痛の原因にもなる底の硬いトレッキングシューズからジョギングシューズへの切り替え。一キロあるザックも数百グラムの軽いものに買い換えた。パッキングしてみれば、結構な重さになる。宅急便で家に送った。
今日は近場なので朝八時に出発。しかし、腰痛なので変な歩き方になる。つま先で着き、つま先で踏み出す。これは足袋を履いた時の歩き方ではないか。ビブラムソールの五本指の靴で来てみようかとも思ったが、この感じだと無理だった。かかとから着かない歩き方だと、歩幅が小さくなる。かかとから着く歩き方に慣れているのに、かかとのクッションが弱いと腰にくる。腰を痛める時は、先にかかとが痛くなると、整体の人に言われたと、母から聞いたが、現実になってしまった。
とにかく腰痛に耐えることが第一なので、道中ほとんど覚えていない。
杖衝坂
古事記に記載のある、杖衝坂(つえつきざか)というヤマトタケルが剣をついて上ったという坂は確かに急だった。松尾芭蕉の話も書いてあったが、とにかく腰が痛いので、さらっと見て通過する。坂道は特に腰にくる。
歩行(かち)ならば
杖つき坂を
落馬かな。
芭蕉
石薬師の宿 佐佐木幸綱
どこもかしこも代わり映えしない風景が続くが、石薬師の宿で、思いがけないものを見た。佐佐木幸綱の歌である。私が学生だった頃、早稲田の文学部の先生だった。
石薬師の宿にお父様の佐佐木信綱の記念館が建っていた。佐々木家の菩提寺の前を通ったら、お寺の幼稚園で運動会の予行練習をしていた。
その入り口には、親子三代で歌の石碑が並んでいた。宿の家の前数件おきに、佐佐木信綱の詠んだ短歌のボードが掲示してある。江戸時代の東海道、とは違うが、なかなか趣があって良かった。私が良いなと思ったもの。
ありがたし
今日の一日もわが命
めぐみたまへり
天と地と人と
信綱
透き通った青空の下、頭の中で詠む。無音でありながら、言葉の余韻が腰の痛みと疲れた身体をときほぐす。一瞬、時を超える。そんな感じがする。痛みもまた生きている証。
庄野宿からイオンマート鈴鹿へ
痛みは一向に収まる気配もなく、どうしようかと考えていた時に、イオンマート鈴鹿の案内図が出てきた。旅行用のカートに乗せて、荷物をガラガラ引っ張れば、腰に負担はかからない。そう考えた。
庄野の宿から離脱。橋を渡り、イオンマートまで三キロの遠回り。旅行カバンコーナーにカートはあったが、重さが一キロ以上もある。無駄遣いもしたくない。治れば不要。
結局買うのはやめて、しばしエアコンの効いたベンチで休憩。かなり遠回りしたが、エアコンの効いたひじかけつきチェアで三十分くらいお昼寝。四日市を出て以降、まともに座るところも無かったので、良い休息となった。
イオンからは残り八キロ。二時間の距離。
亀山のスギ薬局で腰バンド購入
ホテルに着くと、隣がスギ薬局。東京では見かけないが、中京地区では大きな存在感を持つドラッグチェーンだ。ここでバンテリンの腰バンドを買った。今日の宿泊費より高い。しかし、サンプルで置いてあるものをつけると、確かに違う。もうなんでも良いから苦痛から解放されたい。そんな気分だ。家でも使えるし。でも、ここのところ予想外の出費がやたらと多い。予算を確認しないとまずい。
明日は久しぶりの峠越え。かつ三十五キロ。実質的には四十キロになるだろう。腰痛で果たして峠越えができるのか。バンテリンの腰ベルトを着けて、鈴鹿の峠越えに明日はチャレンジする。
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