二年前に八年住んだ港区のマンションの一室を手放した。リーマンショックの直後に購入した自宅が、予想通り価格上昇し、そろそろ利益確定の時期と判断したからだ。
購入したのはリーマンショックの直後だが、港区は当時も高かった。築十年以内で一平米百万円。つまり、築十年以内で五十平米五千万円を目安に探していたが、そのような物件はほとんど無かった。リーマンショックの影響で解雇された外資系企業社員の住んでいた物件が安く出てはいたが、それでも平米百万円を切る物件は、無かった。
住宅ローンを組んで買うと、売却時にローンの一括返済が求められる。住宅を販売する企業の利益程度、つまり二、三割の頭金を出さないと、かつてはローンが組めなかった。しかし、いまでは全額ローンが可能になっている。従って、購入直後、転勤などの理由で売却したいと考えても、ローンの残債以上の値段で買い手が現れなければ、持ち出しになってしまうため売れない。
不動産価格が上昇しているときは良いが、下がっているときはこれが足かせになる。私が購入した後も、二年くらいはリーマンショックの後遺症が残り、港区のマンションの価格は下がり続けた。私は頭金はわずかで、ほとんど全額ローンで購入したため、もしも支払いができなくなれば、自己破産という可能性もあった。しかし、その後不動産市況は持ち直し、今に至り、バブル期以来の高値が続いている。
ここで所有者の心理を考えてみると面白い。例えば、不動産価格の上昇が続いている時。今ならいくらで売れるか。手数料を引いていくら残るか。自宅周辺の相場はどれほどか。頭から離れることはない。
実際に引越しとなれば、子どもの学校、通勤ルート、親の家との距離、など様々な要因が絡んでくる。しかし、売れたらどうかと算段し、バラ色の未来を思い描いてしまう。
一方で、下降局面に入った場合、どこまで下がるかわからず、売るか住み続けるか、不安な毎日が続く。頭金をある程度積んでおけば、損切り覚悟で途中で売るということもできる。しかし、たいていの場合は、そのまま住み続けることになる。引越したところで、家賃は払わなければならないからだ。
ここで問題が起きる。かつては定年を目処にローンの残債を払い切ることが常識だったが、最近は八十近くまでローンを払うプランで購入するケースがある。家庭によって諸事情様々だが、親の相続財産をあてにするケース。退職金での繰り上げ返済をあてにするケース。なんとかなると考えるケース。
夫婦共働きで子供一人。保育園に預けてから勤務先へ向かうとなれば、職住接近で、都心のタワーマンションに住むという選択は、誠に合理的だ。そして、住み替えていく。どうせ数年で住み替えるのだから、ローンは八十まででも良い。八十までのローンなので、七千万するタワーマンションでも購入できる。それを考え実行する人が少数なら上手くいく。でも、皆が同じようなことを考え、購入していたとすれば、恐ろしいことが起きる。
メディアにはうまく住み替えていく人たちが、モデルケースとして紹介されているが、たいていの場合、夫婦二人だけのディンクスか、せいぜい子供が産まれたばかりの、若々しい夫婦だ。子供の学校などの問題が出てくると、そう簡単に家を替えることはできない。
今や単身世帯と小家族世帯が主流を占める中で、そのような人たちは都心部に集まり、子供が多くいる世帯は今まで通り郊外の家に住む。
高くなったものは安くなる。次の循環が始まる時、都心部と郊外に住み分かれた、大家族と小家族の明暗がどのように分かれていくのか。注目している。